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ドラゴン・レディを見に行く!
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フローレンス・ドラゴン・レディの練習風景
ボートを出して向きを変えているところ


「フローレンス・ドラゴン・レディ」は乳がん経験者による「ドラゴンボート」のチームです。
競技の他、フィレンツェで行われる様々な行事にも登場します。
その姿を「近くで見たい」と思って、彼女たちの練習を見てきました。

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アルノ川。ここから出発

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向きが真っ直ぐになったら・・・

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こぎ出します

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あっという間に行ってしまった。

淡々と、そして黙々と櫂(かい)を操る様子を見ていて
...かなり感動しました。もう理屈抜きで。
ボートが静かに、流れるように進む様子が美しかった。


「フローレンス・ドラゴン・レディ」は2006年に誕生

私がこのチームの存在を知ったのは、再検査のために行った検査機関でした。
そこに置いてあったパンフレットを見て、
乳がんでもこんなにたくましい人たちが居るんだなぁと感心。
しかも名前はドラゴン!迫力ありそうです。
その頃からいつか応援に行きたいと思っていました。

ドラゴンボートは中国が発祥の地。龍の頭と尾で装飾されている長いボート。
(この日は練習用なので龍はナシ)競技としても世界に広まり、
チームは漕ぎ手20名、太鼓手1名、かじ取り1名から成ります。

乳がん患者のチームは‘90年代にカナダで結成されたのが始まりで、
今では100近いチームが世界各地にあるとか。
イタリアでは2004年にローマで「ピンクバタフライ」、次いで2006年フィレンツェで
「ドラゴン・レディ」が誕生しました。

フィレンツェで毎年行われるがんウォーク「CORRI LA VITA」でもアルノ川を行く彼女らを見ることができますし、1月6日のエピファニアにはベファーナ(魔女)の格好をして子供たちを乗せたりもします。

公式サイトによると、次の活動は..5月27のヴェネチア遠征!Vogalongaという大会で
1650のボーと、6000人以上の漕ぎ手に交じって参加するそうですよ。


フローレンス・ドラゴン・レディ公式サイト(イタリア語・英語)
http://www.florencedragonlady.it

Valerio Perini ドラゴン・レディーのサポーターカメラマンの写真ページ
ピンク色のTシャツを着たドラゴンレディーの姿や
ボートの舳先に「ドラゴン」が居るのも見られます。
http://www.perinivalerio.it/sport/dragon-lady-2009/florence-dragon-lady/florence_dragon-lady-2009.html




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Top▲ | by hpopone | 2012-04-30 04:48 | イタリア乳がん体験
イタリア乳がん体験 -14- 手術・放射線治療後の体の調子は?
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手術後参加したCORRI LA VITA(がんウォーク) 2009年9月27日
私もオレンジ色のTシャツを着て歩きました。

手術後の体の調子がどうだったのか、振りかえってみました。
ちょっと記憶の薄い部分もありますが、ざっと書いてみます。

手術は2009年6月16日
放射線治療は2009年8月25日―10月3日でした

<術後の傷口>
 手術前には乳首の下を乳輪に沿って切るとの説明があり、横に切るのかと
思っていましたが、実際には縦に切ったようではっきりと傷跡が残っています。
どういう技術かわかりませんが、1針も縫わなかったようで、抜糸はしませんでした。

何故切った所が縫いもしないのにくっつくのか、切ったのに何故痛くないのか、現代の医学とはすごいと単純に感心しました。切ったらさすがにキリキリと痛いのではないかと思っていたのです。

手術直後に胸が2つ折りになったような感じでしたが、後で元の形になり、
傷口は鏡でみるとはっきりとわかりますが、乳首より下なので、自分で胸を見下げた時には見えません。最初はゴロゴロと分厚い感じでしたが、今は大分柔らかくなっています。

それよりリンパ節を取ったあと、腋の下より外側の部分がつままれた様になっている方が気になりました。腕をあげると少しひきつった感じもありました。タンクトップを着ると見えるかもしれませんが、私は真夏でも半袖を着ますし、人には見えないのでとりあえず良しとしました。

夫が以前に同じような状態の女性を見たことがあるらしく、
「つまんだような部分が見えてたけどその人平気にしてたよ。」などと言ってました。
「だからあんたも気にしなさんな」という意味で言ってくれたんでしょうかね。
そのまま忘れてましたが、問題の部分は今見るとあまり目立ちません。

<放射線治療の後> 
赤くやけどをしたような状態。ガサガサした感じはクリームを塗り続けると徐々に良くなり、左の方がやや日焼けしたぐらいに戻りました。クリームは1年ぐらい長持ちし、無くなるまで塗り続けました。今では色は右とほとんど変わりません。

<体の調子など>
手術直後は、スーパーに出かけるぐらいでした。買物は少量だけにし、空いた時間に行くようにしていましたが、最初は手術した左側が誰かにぶつかるとちょっとコワイような気持ちはありました。

8月前半 友人の結婚式に出席 披露宴は行かず

アルコールは医師の指示があったわけではないのに、手術直後は飲みませんでした。お酒がまわって、傷口がドクドクいってきたらどうしよう、などと思っていました。

それなのに、9月4日には、カラーラ市であったビール祭りに夫と出かけ、何故か1リットルのジョッキを頼んでしまい。一人で全部飲んでしまいました。
その後1週間ぐらいはビールを見るのもいやでした。ただの二日酔いです。

9月13日に自転車で出かけ「体を動かすのは大切だなぁ」と思ったというメモあり。

放射線治療中、せっかくバスで毎日のように旧市街地区に行くので、週一回ぐらいのペースで教会、美術館など、何年もしていなかった市内見学をしました。眼鏡、老眼鏡、オペラグラス、ガイドブック持参。

9月27日 「 CORRI LA VITA 」 に参加。フィレンツェで毎年9月末に行われる「がんウォーク」で、参加費は乳がん研究にあてられます。数年前から参加していたのですが、自分が患者になって参加するとは思わず。ちょっと不安でしたが、ゆっくりと5km歩けました。

<現在(術後3年)> 
普段は胸の手術のことは忘れていますが、天気の変り目 雨が降る前に痛いわけではないのですが、ここに傷口がある、という感じがわかります。
そういう話は手術経験者から聞いていましたが不思議ですねぇ。

薬の副作用と思われるのぼせがありますが、しょっちゅう顔が熱くなる時とならない時期があったりします。今は結構カーっとなっています。薬やフォローアップについてはまた別に書きます。

イタリア乳がん体験 -15- 薬について...どこまでが副作用?に続く



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Top▲ | by hpopone | 2012-04-28 04:14 | イタリア乳がん体験
女性ノーベル賞科学者 モンタルチーニ博士 103歳に
この4月22日にノーベル賞科学者 モンタルチーニ博士(Rita Levi Montalcini)
が103歳の誕生日を迎えられたと聞いて、RAIの番組の動画を見てみました。



この番組によると、「以前は目や耳の調子が悪かったりしたけれど、今は20歳の頃より気分がいいわ。」とのコメントをされたそうですよ。

今も若い研究者のために戦っておられ、モンティ首相が学術研究費を10%削減すると言ったことに抗議。自身も若いころは海外で研究することを余儀なくされています。

イタリアでは以前から研究者への待遇が悪く、優秀な頭脳がどんどん流出しています。
そもそも職を見つけること自体が難しいため、若者の将来を思われての行動です。

日本でも著作『老後も進化する脳』が翻訳されているんですね。知りませんでした。
それにしてもお元気です。おめでとうございます。

イタリアも日本に次ぐ長寿国ですので、これからもお年寄り・長寿のニュースに注目していきたいと思っています。




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Top▲ | by hpopone | 2012-04-27 05:57 | 長寿・お年寄り
あの名物タクシーが引退!? ミラノ25
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フィレンツェでこのタクシーが来たら「当たり」です。
(2012年2月休憩中の所をパチリ。)

運転しているのはお花のついた帽子をかぶったカテリーナさん。10年前にがんで亡くなった婚約者が運転していた「ミラノ25番」のタクシーを引き継ぎドライバーを始めたところ、ある日、小さな弟を病気で亡くした少女を乗せたのをきっかけに、病気の子供たちを助ける活動をしておられます。そんな子供たちの希望でロンドンやアルバニアまで送って行ったり、最近は親善大使としてモスクワまでこの車で行ったそうです。

この話、日本でもTVで「幸せを呼ぶタクシー」として紹介されて話題になったそうですね。

ところが、昨日急に「ミラノ25が引退」というニュースが入ってきてびっくり。
確かめてみると、「初代」のミラノ25だった「マルゲリータ号」が引退し、
カテリーナさんは新しい車で活動を続けられるとのこと。なーんだ。

このマルゲリータ号は、本日(2012/4/25)、がん患者や子供たちを支える活動のシンボルとして公園(Giardino dell'Orticoltura)に設置されることになりました。

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除幕式に行ってみましたが、祝日とあってこの通り。市長の後ろ姿、カテリーナさんの帽子は見えましたが、サッカーイタリア代表のプランデッリ監督は全くわかりませんでした。
(監督はがん患者や研究をサポートする活動に熱心に参加されていて、カテリーナさんとも親しいのだそうです。)

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時間が経ってようやく会えたマルゲリータ号とカテリーナ

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「ミラノ25」という歌もあるんですよ。「カテリーナありがとう」と歌う
子供たちのコーラス「メログラーノ」

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こんな感じで展示されてます。タクシーの展示というのも珍しいですね。
夫のコメント「タイヤを盗むやつが出るぞ」とは何と夢のない...
でも無いとはいえないのがイタリア?うーむ。

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運転席にはぬいぐるみが座っていましたよ。ミラノ25は子供にも大人にも大人気でした。
カテリーナさんにはこれからもお元気で活動を続けてほしいですね。

ミラノ25のサイト (MILANO25 イタリア語)
→このサイトからミラノ25の動画を見たり、子供たちの歌を聞くこともできますよ。




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Top▲ | by hpopone | 2012-04-26 07:37 | フィレンツェ&近隣
イタリア乳がん体験 -13- 放射線治療 タンクトップで、それとも...
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ピサ植物園にて

2009年8月
治療開始日の連絡があるまで、夫とシエナやピサなどへ日帰りで行ったりしていました。
ピサへは斜塔ではなく、植物園へサボテンを見に行ったのですが、とても暑かったのを覚えています。


2009年8月25日 放射線治療 開始 (サンタ・キアーラ)

初日。受付に行くと、私が何も言わないのに「今日からですね。座ってお待ち下さい」と言われました。東洋人の患者が私だけだったんでしょうね。

呼ばれてエレベーターで地下へ降りると着替え用のブース3つがありました。とても狭く、太った患者さんは入れないのでは、と思うほどでした。そこで上半身裸になり、ひもの細いタンクトップを着ました。照射用のベッドに横たわった時点でひもを下げて胸を出し、終わるとまた着てブースに戻ります。

照射は右からと左わき、各2分ずつぐらい。この日は印をつけるために針を刺されました。
その後、がん専門医による診察。聴診器でまず聞いて、わきの下、首、胸の触診。
他の治療は何をしているか、タモキシフェンを飲んでいるかを聞かれました。

帰りに受付で渡されたスケジュール表を見ると、平日の毎朝10:50に治療となっていました。

最初の3回は夏休み中だった夫も付き合ってくれ、終わると旧市街地でぶらぶらしたり、見学したりしましたが、せっかくの夏休みをこういうことに使わせてしまい、
申し訳ないなと思っていました。

毎日の治療は、日によって、早めに開始する時もあれば、待たされる時もあり。
他の患者さんも決まった時間帯に来るので顔なじみになります。
聞くと私の前の人も後の人も乳がんの患者さんでした。

一人は同世代の女性で、のぼせと汗のため、いつも首の後ろにTシャツを巻いていました。リューブリン注射の副作用とのことでした。この人は、タンクトップも何も着ず、バッと脱いでそのまま照射室に入り、終わると胸を張って出て来てました。リッパなバストとその堂々とした態度に「おおー」と感心したものです。

もう一人は60代ぐらいで、「以前に左胸の手術をしたが、10年経って右側にもがんが見つかった。以前にあったがんが大きくなったのではなく、別のものなので、あまり心配していない。友人や知り合いに検査は大事だから受けるように勧めている。」、と言われていました。

今思い出すと、他の人たちと話したくなる日と、どういうわけかしゃべりたくない日があったように思えます。そういう時はあいさつだけして終わったらさっさと家に帰っていました。

頭にスカーフを巻いている女性も来られてましたが話す機会がありませんでした。
車いすに乗って家族に付き添われていた患者さんは、普段挨拶しても返事もしてくれないのに、ある日、「さようなら」と皆に手まで振って帰って行ったので、長い治療が全部終わったのだなとわかりました。うれしそうな顔でした。

治療が半分ぐらい終わった頃、がん専門医がチェックに来ました。放射線をあてた胸の状態を見ていました。問題なしとのことでしたが、この数日後あたりから、胸は赤く変色していて、肌がガサガサするような感じでした。

胸には、経験者に勧められたカレンドゥラというクリーム (Crema Calendula)を塗り、
体を洗う時は、 Bagno Mare GUAM (海藻成分入り)を使っていました。

最後の3回は傷口だけに照射します。と言われ、もうすこしで終わりだなぁ、と思っていたら、翌日、治療に出かけようとしている時に、「今日は機械の調子が悪くてできません」と電話があったり、「次回は技師の研修があるので延期です」ということもありました。

2009年10月3日
ついにやってきた最終日には、技師がIn bocca al lupo(グッドラック)と言って送りだしてくれました。医師の診察があり、書類にサインし、3ヶ月後の12月の診察の予約を入れてもらってようやく終了しました。


→ イタリア乳がん体験 -14- 手術・放射線治療後の体の調子は? に続く



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Top▲ | by hpopone | 2012-04-25 08:59 | イタリア乳がん体験
おしゃべり?苦手なイタリア人もいる!
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          ショッピングセンターで。立ち止まっておしゃべり。

人の多い場所でもイタリア人は知り合いに会うと
こんな風に輪になってひとしきりしゃべります。
通行のじゃまになりますが、あまり気にせずおしゃべりおしゃべり。

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とある共同住宅のベンチ。皆で輪になって話せるように配置されています。  
夏の夕方など住人が夕涼みに降りて来ます。特にお年寄り。
私としてはなるべくこういう所には座りたくないような気持ち。おしゃべりは苦手なのです。
     
そんなことで、イタリアでこれからやっていけるのかなと思っていたある日、
ラジオで「内気な人へのアドバイス」というのをやっていました。

「約束の場所には早めに行きましょう。遅れて行けば、みんなの会話がはずんでいる所に入っていけなくなります。」

こういうことをラジオで言うとは、イタリア人でも悩んでいる人が結構居るということですね。
バンザイ!それなら外国人である私が悩んでも当たり前!

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          ベンチでのおしゃべり。熱が入っている様子。

最後にこのお二人とは対照的な ラウラ伯母と私の会話をご紹介します。

ラウラ「料理は好きなの?」
私  「はい」
ラウラ「・・・・」(にっこり)
私  「・・・・」(スマイル)

...伯母さん、それだけですか?どんな料理が好きなのとか、スシは好きとか嫌いとか、
私でももうちょっとしゃべりますよー。
などといいつつ、自分より無口なイタリア人が居るという大発見に大喜び(?)しました。
伯母はこの調子で70年以上イタリアで暮らしているのだから私だって大丈夫。
人それぞれでいいんですよね。



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Top▲ | by hpopone | 2012-04-24 08:55 | イタリア・イタリア人
イタリア乳がん体験 -12- 放射線治療 いつ始まっていつ終わる?
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放射線治療を受けたサンタ・キアーラ病院 2009年10月3日撮影
「CASA DI CURA S.CHIARA」 Piazza Indipendenza に面した建物。
(現在、放射線科の入り口は建物の反対側に変っています。)

(1)2009年7月31日 受付と検査の説明 医師による診察 (サンタ・キアーラ)
(2)2009年8月3日  がん専門医(M医師) (トレガッリ内がんセンター)
               翌日よりタモキシフェンの服用開始。
(3)2009年8月6日  準備 照射の個所に 印をつける (サンタ・キアーラ)
(4)2009年8月25日 放射線治療 開始 (サンタ・キアーラ)
(5)2009年10月3日 放射線治療 終了 (サンタ・キアーラ)

というスケジュールでずいぶん通いました。

患者としてすぐに受付はしてもらえたものの、いつ治療開始か担当の人にも全くわからないとのことで、落ち着かない気持ちで連絡を待ちました。
イタリアでは「急に言ってくる」ことが多いのですが

「明日から開始しますので来て下さい」との連絡があった時には、少々驚きました。
が、返事はもちろん「行きます!」早く始めたらそれだけ早く終わります。

途中、病院の都合で延期になったりして、「やはり」当初のスケジュールより長くかかり、
終わったのは10月に入ってから。これもイタリアでは良くあることで、もはや驚かず。

最終日は土曜日だったので夫もつきあってくれ、病院の前で治療が終わった記念に撮ったのが上の写真です。

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以下に詳細を書きます 興味のある方はどうぞ

(1)2009年7月31日 受付と検査の説明 医師による診察

受付にて、コンピューターで私の氏名住所など登録。A3ぐらいの厚紙で作ったフォルダー
に今までに病院や検査機関でもらった書類を放り込みます。

次に医師の診察室に通され、例によって色々質問されました。

家族で乳がんになった人は、初潮はいつだったか、妊娠経験は、喫煙の有無、
ピルは飲んでいるか、他に手術を受けた経験があるか、
今回の乳がんに関してはどこで検査して、どうやって判明したのか...

放射線治療によって患部を消毒(sterilizzare)します。という言葉を使われましたが、
万一残っているかもしれないがん細胞を死滅させるという説明でした。

計28回行われ、週5日のペースで通院することになる。
中性の石鹸を使い、綿の服を着ること、脱毛はしないこと。
治療開始の日に家庭医による治療依頼書(richiesta medica)を持ってくること。

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(2)2009年8月3日 がん専門医(M医師)トレガッリ内がんセンターDAY HOSPITAL

手術で摘出したリンパ節の一部は、検査の結果陰性でした。
検査結果のコピーをもらいました。

タモキシフェンの服用について。服用開始当初は腹痛などがある場合があるが、数週間で無くなる。
副作用として生理不順、更年期の症状が出る。不正出血があれば服用をやめる。
朝食後、または昼食後に服用すること。との説明がありました。

5年間服用するということでしたが、「5年なんてすぐに経つ」なんて思ったのを覚えています。翌日から服用開始。

放射線治療が終った後10月後半にまた診察します。と言われたので早速がんセンター受付で予約を申し込むと、
「医療費免除の書類がないですね」と言われあたふたしました。
その時初めて知りました。がん患者にはcodice esente (医療費免除番号)というのが割り当てられ、がんと診断されて以降5年間は公的施設での検査や薬が無料になります。なんとー。まずこの手続きを済ませてから予約に戻って来ることにしました。

受付の人はちょっとキツめの口調でしたが、こういう大事なことを教えてもらって感謝。

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(3)2009年8月6日 準備 照射の個所に 印をつける (サンタ・キアーラ)

地下の部屋に行くよう指示され、迷いながらたどりつきました。

針で左の乳房の真ん中、両わきの3か所を軽く刺します。
照射のための印をつけるためだそうで、
「入れ墨の様なものなのでこれは消えません。」とのこと。
ここにきて人生初のタトゥー。確かに3年経ったいまでもありますこの小さな黒い点。
この日家で着替えると下着にちょっと黒い点が付いてました。まっさらな下着でなくてよかった。

長くなりましたので続きは後日書きます。

→ イタリア乳がん体験 -13- 放射線治療 タンクトップで、それとも... に続く
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Top▲ | by hpopone | 2012-04-23 02:49 | イタリア乳がん体験
郊外暮らしも悪くないと思えてきた今日この頃。黄色い鳥に出会う。
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先日初めてこの鳥を見かけました。どうやら「キアオジ」※という鳥ではないかと思われます。(下に動画も貼ってみました。)

最近、郊外の暮らしも悪くないと思うようになってきました。その訳は、緑が多いこと。
義母の家の近くではこんな公園があり、犬の散歩をする人などを見かけます。
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こういうスペースがあちこちにあります。
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お昼どきだったせいか人影なし。
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教会も緑に囲まれています。

10年ほど前、フィレンツェ旧市街から夫の住む郊外に引っ越した時はがっかりしました。元々何もなかった土地に建てられた共同住宅で、周りにお店もないし、大体、これなら日本だろうがイタリアだろうがどこに住んでも変らない、なんて思ってました。同じ市内なのに大きなカルチャーショックでした。

それが、月日が経ち感じ方が変ってきたんでしょうね。今ではご近所の桜の木や、春になると歌い出す鳥たちにとても愛着を感じるようになりました。
鳴き声がするとついそちらの方を探してみるクセがついてきましたが、よく通る声の持ち主がこんなに小さな鳥だったとは..



それにしても、動画の音を聞いてみると、車やバイクの音がいかに「雑音」か実感しますね。それらに負けずに来年もよい声を聞かせてくれますように。


※キアオジ Zigolo giallo ではなくて
  セリン Verzellino (Serinus serinus) 
  
という鳥だと 動画をみた人から教えてもらいました
見かけはそっくりなんですが、
鳴き声が違うなぁと思っていたところでした

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Top▲ | by hpopone | 2012-04-22 00:44 | 鳥 とり
イタリア乳がん体験 -11- がんセンターへ 治療方法決まる
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     現在服用中の薬 タモキシフェン
     飲むのに、「飲まへんNOMAFEN」という名前 (ああ書いてしまった)

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2009年7月22日

摘出した患部の組織検査esame istologicoの結果、約5mmの 非浸潤(in situ)がんであることがわかりました。
「Bene!(良かったですね)」と言いながら結果を渡されたのですが、
浸潤がんでなかったから良かったという意味か!?
「リンパ節も取ったはずなのに、検査結果をくれなかったのは問題がなかったからかな?」と夫と家で話ました。
この外科医は手術をしてくれた先生とは大分違う様でした。説明がほとんどなかった。

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2009年7月23日

とにかく前日勧められた通り、がんセンターの医師が診察している所へアポ無しで行きました。今までの検査結果などを看護師さんに渡すと、幸いこの医師は診察の合間にすぐ目を通してくれ、がんセンターでの診察予約がすぐに取れました。係の人もとても親切でラッキーでした。
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2009年7月29日

手術をしたトレガッリ病院の中にあるがんセンターでがん専門医の診察を受けました。担当は女医さんでした。このM医師は、にこやかで、親しみやすい印象でした。

持参した書類一式を見て、「リンパ節の組織検査の結果が無いようですが?」と言われ、
ああーやっぱり、前日の医師が渡し忘れたにちがいない。と思っていると
「次回までに私が取り寄せておきますよ。その時あなたにもコピーをあげます。」と言われ安心しました。これはまた良い先生に「当たり」かな。

私の場合は「摘出した組織の性格からみて、
化学療法は効果がなく副作用があるだけなので必要なし。」
「放射線治療radioterapiaを受けてください。今後の予防の意味もあります。
1回の時間は短いですよ。」とも言われました。
それまでにこの治療について本などで読んだことがあったので、「それは有難い。」なんて思ってました。治療は別の病院ですることになっていますが、M先生がその場で連絡し、治療開始前の診察予約を取ってくれました。

タモキシフェンTamoxifene(イタリア語ではタモキシフェーネ)については、「女性ホルモンを低下させる薬で、5年間服用します。これも予防の意味で」と言われつつ、少し迷われていました。「あなたの場合は飲まなくてもいいぐらいですがねぇ。婦人科の医師にも相談してみてください。」とのことでした。

手術をして「ハイ終わり」とはいかなかったですね。それにしても、「やっぱりがんでした。」と言われても、なかなか自覚できないものですね。それまで痛くも痒くもなかったせいもあります。「切っといてもらって良かったー」というのがその時の気持ちでした。


→ イタリア乳がん体験 -12- 放射線治療 いつ始まっていつ終わる? に続く
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Top▲ | by hpopone | 2012-04-21 04:12 | イタリア乳がん体験
イタリア乳がん体験 -10- 退院後..胸がしぼんで?検査結果は?
退院翌日、切った方の左腕をかばいながら、右手だけで洗濯物を干した記憶があります。片手でもけっこう色々なことができるものだと喜びました。

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退院後買ったもの

<ホームベーカリー >   当時手こねでパンを作っていたのですが、手術後は無理。
                 以前から興味のあった「パン焼き器」をこの機会に購入。
<マッサージクッション>   無意識に胸をかばうせいか、肩がとても凝った気がして。
<携帯用DVDプレーヤー> ついでというか勢いで。
                  キッチンに居る時間を楽しくするのが目的。
 
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2009年6月25日(術後9日目)

手術後のチェック。病院にて、胸とわきの下の正方形の絆創膏をはがし、わきの下のみ新しいものを貼られました。薬は塗らず。
「日曜日(術後12日目)にはシャワーして良い」と言われヤッター。

医師からは「今年は胸は太陽に当てないこと」と言われましたが、これって「海辺でトップレスになるな」という意味!はいはい。今年だけはやめときましょ。

なーんて..水着を着ることすら無いというのに。イタリア人女性は40代でもそうやって日に焼けている人が実際いますから、医師としては注意を与えておく必要があるんでしょうね。

この日は患者が少なかったのか、早めに行ったら指定時間前に見てもらえ、すぐに終わりました。珍しいですが、こういう事もたまにあります。

この後、家に帰って初めて鏡で手術後の自分の胸をみました。おおお。
乳房が前に倒れたようにへしゃげています。なんとお~。
こんなに変形してたとは!!さすがにちょっとショックでした。(ちょっとだけ?)

また膨らんで元の形になるんでしょうか。再建手術とかしないといけないのかな。なんて思いましたが、手術前にそういう説明もなかったし、戻るんじゃないかな?と思うことにして、医師に聞きもしませんでした。
気をとりなおし、「まあ左はこんなだけど、まだ右があるし。」と思い、とりあえず、「しばらくは手術後の胸を見ないようにしよう。」と決めました。

(→結局後で膨らみ、元の形になりました。人間の体とは不思議なもの...)

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2009年7月22日

手術後約1カ月経ち、摘出した患部の組織検査esame istologico
の結果が出ました。

執刀医とは別の外科医が「Bene! (良いですね)」と言って紙を渡してくれましたが、

書類には「carcinoma(癌)」と書いてあります。どこが「良い」のか!?
なんちゅう医者でしょう。

今後はどうしたらいいのでしょう。診察などは?
「そうですねぇ。CUP(予約センター)だといつになるか分かりませんから、明日担当医が1Fで診察してますので、とにかく行ってみられては。」などと言われます。夫の顔色が変ってました。廊下に出て、私が椅子にすわってもう一度ゆっくり読もうとすると、
「とにかく家に帰ろう」と言われて従いました。どうやらこの日初めて私は「がん患者」となったようでした。翌日熱を出したのは夫の方でした。



→ イタリア乳がん体験 -11- がんセンターへ 治療方法決まる に続く

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Top▲ | by hpopone | 2012-04-20 02:46 | イタリア乳がん体験

フィレンツェちゅうねん生活サバイバル~ できるのか?日常&病院体験/ ふぃのな
by hpopone
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