カテゴリ:イタリア乳がん体験( 34 )
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「いんたびゅー」に協力した話
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山中教授のノーベル賞受賞のニュース。喜んだのはもちろん、
難病の患者さん達が研究に協力している姿を見ても胸を熱くし
私も患者としてわずかですが協力したあることを思い出しました。

 ------

乳がんの手術を終わり、検診を受けに行ったら
「患者の一人としてインタビューを受けてもらえないか」
と担当の医師に聞かれた。
なんでも社会学者と人類学者が調査をしているとの事。

私でお役に立てるんでしたら~はいはい。それに、学者と名のつく方と
お会いできる機会なんてそうそうないだろうと思ってOKした。

それから1カ月以上経ち、もう呼ばれないのだろうと思ったころに連絡があり、女性の人類学者様にお会いした。

場所は以前病院だった広い建物の一室。こういう場所を研究者が交代で使っているようだった。

この調査の要点は、「がん専門医にフォローしてもらうのが良いですか?それとも家庭医(ファミリードクター)主導でフォローしてもらう方が良いですか?」などとフィレンツェの乳がん患者に聞きとりをし、それをご近所エミリア・ロマーナ州でのフォローアップの在り方の参考にする、というもの。

私はそもそも家庭医制度のない国から来ているし、家庭医には検査に必要な書類をなかなかもらえなかったりした経験があり、多少不信感を持っていた頃なので
「がん専門医のフォローの方が信頼できます」と答えた。
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ただこの「要点」にたどりつくまでに、「さあ話して」という感じで始まり、とまどいながらも<乳がんの疑いを持ってから検査、手術になったこと>を一通り話した後、ようやく肝心の質問をされた。調査の目的を説明した紙はすべて終わってから手渡された。

なんで先にくれないの?ポイントが分かってれば、この程度の質問、電話とかメールでささっと済みそうなものだし、わざわざバスや車で移動して面接するほどのことかいな?とも思ったけれど、実際に相手の顔を見て話すのが大事なのかもしれない。これが「ふぃーるどわーく」というものなんだろうな?とシロウトの私は考えた。

それよりも思い出されるのは、この時会った女性は40代と思われるいたってフツーの方という印象で、なにしろ口数が少なく、目的地に着くまで私が気をつかって話しかけたほど。

なんとおしゃべり苦手の私よりしゃべらないイタリア人がここにも!
ローマ近郊のご出身で家族と離れて暮らしておられるとのことでした。

それにつけても、いま政府がなにかと教育費、研究費をカットしているご時世なのでコツコツと地味な仕事をしている研究者を切り捨てないでよ~とあらためて願っています。

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Top▲ | by hpopone | 2012-10-10 17:10 | イタリア乳がん体験
乳がん関連記事 ◆まとめ◆
 1. 乳がんかも!?検査予約!!
 2. 検査のための書類をもらうのに...
 3. マンモグラフィーとエコー検査
 4. 再検査 手術決定
 5. 手術前の面談、検査
 6. いよいよ手術?まだですか?
 7. 手術本番 よく寝た?
 8. 手術翌日 退院 夫は待ちぼうけ
 9. 手術前の準備 パジャマは入れたのか?
10. 退院後..胸がしぼんで?検査結果は?
11. がんセンターへ 治療方法決まる
12. 放射線治療 いつ始まっていつ終わる?
13. 放射線治療 タンクトップで、それとも...
14. 手術・放射線治療後の体の調子は?
15. 薬について...どこまでが副作用?
16. フォローアップ 手術後の検診
17. 丸3年経った

◆  ドラゴン・レディを見に行く! 2012/4/30
◆  「りんご」と「なし」の体験談   2012/5/6
◆  マンモグラフィー ありゃ結果は一ヶ月後?  2012/5/12
◆   オッサン女医? 胸部エコー検査終了  2012/5/25
◆  がぶ飲みしてエコー検査  2012/6/6
◆  最近むくんできた理由  2012/6/25
◆  「いんたびゅー」に協力したはなし  2012/10/10
◆  ピンクに染まった白い巨人  2012/10/19
◆  エコー検査 実質値上げ  2013/6/19
◆  マンモグラフィー 笑う女医 Libera Professione(1) 2013/6/20
◆  マンモグラフィー 笑う女医 Libera Professione(2) 2013/6/21



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Top▲ | by hpopone | 2012-07-20 21:41 | イタリア乳がん体験
イタリア乳がん体験 -17- 丸3年経った
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先日、2か所で受けているフォローアップ検査を受けてきました。
2009年6月に手術したので、丸3年経ったことになります。

1.放射線治療を受けた機関
行ってみると当日受診する患者のリストに私の名前がないと言う??
どういうわけかコンピューターから消えてしまったらしい。

私が予約日時を印刷した紙を見せると、向こうのミスなのは明らかなので、
受付をして診察してもらえることになった。

以前は4階で診察していたのに、1階に変っていた。ここはしょっちゅう
こういう変更がある。

医師は初めて見る顔。カルテを読み上げながら確認し マンモグラフィーと
血液検査の結果をチェックしてくれる。その後、問診のあと触診。
胸だけでなく首筋や腋の下、お腹のわきも押さえて診ていた。

手術後3年経ち、これまでも問題がみつからなかったので次回は9カ月後の診察となった。

「これからは検査の間隔が開くので毎月自分で触診してくださいね。」とも言われた。
フォローアップ検診は5年間なのでその後は自分で気をつけるしかないのだなあと思う。


2.手術を受けた病院のがんセンター

検診の内容は1とほぼ同じだけど、ここは毎回M医師が担当と決まっている。
椅子に座ったとたん、「太られましたか?」と言われる。その通り。

「薬のせいも多少あるかもしれないが、更年期になると太りやすく、
やせにくくなるので気をつけるように。運動して水をたくさん飲むようにしてください。」

「ははっつ」

食欲はあるか、 尿や便通は普通か、前回の診察以降変ったことはないか、などと
いつもの質問が続く。

触診の時に足のむくみも見てくれた。

「右足の方が太いですね?」

そう言われれば? 自分では左の方がむくんでいるように感じたのだけど?

これについては専門の検査を薦める と一筆書いてくれた。

「その結果によってはタモキシフェンの服用をやめることも考えましょう」と言われ、

うーむ せっかく3年間飲み続けてきたので、ここでやめたくはない気持ち。
まあ検査の結果が出てから考えよう。

ここでは6ヶ月後にまた診てくれることになり喜ぶ。
しかし、腹部エコーはもうしなくて良いと判断されたようだった。

次回までにやる血液検査用の書類をもらい、終わってやれやれ、と病院内のバールに行って
クリーム入りのブリオッシュを頼んでしまってから、

今さっき体重に気をつけるように言われたばっかりなのを思い出した。
ほっとすると甘い物を食べたくなる、まずこの習慣をやめなきゃ。



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Top▲ | by hpopone | 2012-07-19 23:06 | イタリア乳がん体験
がぶ飲みしてエコー検査
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乳がん手術後のフォローアップ検診に持っていくための腹部エコー検査をしました。
ECOGRAFIA ADDOME COMPLETO
検査の6時間前から絶食する必要があるため、予約を取る時に窓口の人に、
「お昼抜きになるけど大丈夫?」なんて聞かれましたよ。

他に、検査の1時間半前に、水を1リットル飲み、検査が済むまでトイレに行かないこと。というのがあります。膀胱を膨らませると他の器官が見えやすいためらしいのですが?

1リットルも飲むのはけっこう大変です。大体、日本人の膀胱はヨーロッパ人より小さいという話だし、私は身体も大きい方ではないので、そんなに飲む必要があるのかと思いながら、げっぷが出るほど水を飲みました。トイレは近い方なので、最後まで我慢できるかな?とこの検査を受けるたびに思います。

予約の30分以上前に行って受付を済ませたら、なんと予定の15分前に呼ばれました。

医師は「何故このエコー検査をするのですか」と聞かれ、私が「乳がん術後の検診に持っていくためです。」と答えた後は「息を大きく吸って~。止めて~。」などと指示する以外は黙って診ておられました。

私が「卵巣にまた何か出来ていないか心配です。」と言うと、そこをもう一度確認され、「大丈夫ですよ。すべて異常なしです。」とのことで、検査終了。

何はともあれトイレに行ってホッとし、待合室で待っていると、スタッフが検査結果を持って来てくれた上、にっこりとしながら挨拶をして去って行きました。

私は内心「ありえない~」なんて思っています。待たされるのに慣れ過ぎ、雑な扱いに慣れ過ぎているんでしょうねぇ。今日行った検査機関は利用するのは2回めですが、スタッフもきびきびと働いていて感心しました。義母もここで検査を受けるのがお気に入りです。
などと思いつつもう1度トイレへ。なにせ1リットル分ですから。やれやれ。
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このカラフルな物体はアンケート回収のための箱。「スタッフや医師の態度はどうだったか、待ち時間はどうだったか、院内は清潔だったか」、と言った質問内容だったと思います。私も以前に来た時回答しましたが、すべて「たいへん良い」と書きました。

いざ検査が終わってみると、お腹が減っているのも何故か忘れてしまう感じですが、後でこんなものを食べました。
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イタリア人の夫はファーストフードが嫌いで、絶対に食べません。おかげで私も食べなくなったけど、「今日は検査が終わったらハンバーガー食べるよ」、と嫌がらせを言って家を出てきました。サラダのおまけにグリッシーニが付いているのがイタリアだなぁ。

「やっぱりポテトにしたら良かったかな?年1回ぐらい食べても大丈夫なのでは?そりゃだめでしょ!」と自分でツッコミながら食べてました。そうそう、ビックマック指数なる数値があるそうですが、ここでは3.60ユーロでしたよ。などと言いつつ。ここでコーラを飲んだおかげでまたしてもトイレ。

これが午後5時頃の話なのに、夕食はいつも通りの時間に食べられるのが恐ろしい。

※今回の検査はCUP(予約センター)で予約しました。費用(一部負担分)は60ユーロ。私は医療費免除制度のため無料でした。

※去年、希望の期間内に予約が取れなかったため同じ検査を他の機関で自費でやりました。費用は94ユーロ。そこでの担当は若い女医さんで、エコーの機械の電源を入れるスイッチが見つからず周りをぐるぐる回っていました。

すでに診察台に乗っかっている私が「先生、横にあるこれじゃないですか?」と教えてあげると「よく分かりましたねーありがとう」と言われたので、「日本の機械の事は任してください」なんて返事したものの、この先生大丈夫なんだろうかと思って大変不安でした。

ちなみに機械はTOSHIBA製でした。診察料+印紙代返して欲しかったですよ~。



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Top▲ | by hpopone | 2012-06-06 17:43 | イタリア乳がん体験
オッサン女医? 胸部エコー検査終了
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先日やったマンモグラフィーの結果がもらえないまま、
別の場所で胸部エコーをすることになりました。
(→マンモグラフィー ありゃ結果は一ヶ月後?

念のため尋ねてみると
「同じ検査機関なので大丈夫です、必要なら医師がマンモグラフィーの結果を請求しますので。」と言われたのですが、不安でした。去年やった検査結果も預けたままだし。

ここは乳がん検査の他にも様々な部屋があるらしく、迷いそうでしたが、入口から中庭を通って奥の方に行ってみるとなるほど、先日行った検査機関と同じ名称「ISPO」 への案内がありました。案内板に後で貼りつけてあるということは、ここに支部が出来たのは最近の事なのかな?
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ここから入って受付を済ませ、検査室のそばのベンチで呼ばれるのを待ちます。
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予約以外にも検査に回されてくる人が居るため、1時間ほど待ちましたが
部屋に入るとすぐ、「先日マンモグラフィーをされましたね」と言われ安堵。

病院に行くと「何しに来たんですか」と言われがっくり来ることがありますが、
ISPOの2つの機関の連携がうまく行っているのでしょうね。
(日本だと当たり前かもしれないけど、ここでは一々感心しなくてはいけないのか~)

すでにマンモの結果はコンピューターに入力されているらしく、さらに過去のデータを看護師と医師で照らし合わせながら触診、エコー検査を受けました。共に異常なしとのことで無事検査終了。その場でエコーの写真を付けた診断書をもらいました。
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隣にあるマンモグラフィーの部屋

※ISPO Via d’Annunzio 29 Firenze
エコー検査の費用は自己負担分36ユーロ(私は医療費免除制度のため無料)
他にその場で医師がricetta medicaを書いていましたので、さらに「診察費」がいくらか請求されると思われます。

※あとは余談です~♪

診察してくれた医師は女医さんで、見覚えがあると思ったら、
3年前、異常が見つかった時に再検査を担当してくれた方でした。

当時、「何の目的で検査に来たの」と聞かれ恐かった思い出がありますが、
外で待っている間、他の女性たちも「あの先生笑わないのよねー」
なんて話しているのを聞くと、「イタリア人から見ても恐いんだなぁ」
と思って可笑しくなりました。

やっと順番が来て部屋に入ってみると、女医さんも私のことを覚えておられたようでした。
診察が始まると、看護師さんが
「日本人て冷たいんでしょ、夫婦の関係とかどうなっているの」などと言いだすので、

「日本では仕事ばっかりで夫婦でも会う時間ないでしょうねぇ」と適当に返事をしたら、
恐い女医さんが「そりゃいいわ。わっはっは」と笑われ、「おお、先生笑ってる」
と思ったまではいいのですが、

エコーを続けながら、「何かあるのよね」と言われ、こっちはびっくり、
こんどは右胸に何か異常があるのかと思いますがな。

「帰って来ない夫って仕事場に『何か』寝る場所があったりするのよ」
って、なんだ、さっきの話の続きだった。

こんなにしゃべりながらちゃんと見てくれているのだろうかと思っていると、
その後しばらくは黙って検査が続きました。

終了して、「すべて異常なし」とのお墨付きをもらったので、
喜んで「ハレルヤ!」と言ったら
「何がハレルヤよ、こっちはそのための検査やってんのよ」などと言われ、
なんというか、恐いけれどビシッと仕事をするオッサン的な性格の人だな、
と思うとこの先生が好きになって来ました。

先生が話されている間どうしても目に入ってしまうのですが、
眼鏡にはキラキラと光る飾りが付いていて、大きなイヤリングや何重にもかけられた
ネックレスが光り、ブーツにもラインストーンがいっぱい付いていました。
診察の際も、胸部より私が着けていたペンダントの方をまず最初に手にとって見ておられました。「光り物」がお好きなんでしょうね。

まさか日本人の患者にオモロイと思われてるとはご存じないでしょうが、先生が
これからも多くの女性の健康のためにビシビシと仕事をされる事を確信しております。


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Top▲ | by hpopone | 2012-05-25 22:25 | イタリア乳がん体験
マンモグラフィー ありゃ結果は一ヶ月後?
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ISPOの乳がん専門の検査機関 の入口 Viale Amendola 28 Firenze
古びた感じ。門の所の看板も色あせてしまっている。
乳がん先進国にあってそれほど歴史のある機関なのだ。ボロいなんて言っちゃだめ。

先日、ここでマンモグラフィーを受けてきました。が...今回は
「6月になってから結果を受け取りに来て下さい」 ですと。

去年も一昨年もエコーもすぐやってくれて、その日に結果と診断書を手渡してくれたのに「なんでやねん!?」
これが済んで、フォローアップ検診を受けたら、大体終わるはずの乳がんの体験記が
終わらへんがな~ おかげで自分の母国語&ルーツまで思い出してしまった。

これは予想していなかったこと。またフォローアップ検診の予定がずれこんでしまうなあ。
まあとにかく、結果に問題のある場合は個別に電話で知らせてくれる仕組みになっているのであまり心配せずに待つことにします。

今年は手術をしてから丸3年経っていますが、なぜか落ち着かず、やや緊張。
ブログで体験記など書いたせいかな?
また「何か写ってます」と言われたら?とは誰しも思うでしょうね。

前日早めに寝たら午前3時半に目が覚めてしまった。寝直して遅刻するのはいやなのでそのままゴソゴソPCを見たりして起きていて、交通機関のスト情報もチェック。
去年はトラムのストがあるのを知らずに出かけ、半分ぐらいの距離を歩き、
後はタクシーでなんとかたどり着いたのを思い出したからです。
今回は問題なく、トラムとバスを乗り継いで予約時間の30分前に到着。

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入ってすぐに番号札を取り受付の順番を待つ。
こっそり(実はバレバレ)写真を撮りながら、あら、皆さんスニーカーをはいていると思って他の人も見たら、ブーツの人も居たけど皆ローヒールの靴だった。
そうそう、ここはヒールでは歩きにくい街なのだ。なんて思う。余談ですけどね。

受付窓口は2つ。氏名、住所、電話番号などの確認をします。医師のricetta medicaを出し、 前回やったマンモグラフィー、エコー、診断書を預けます。
最後に診察料の支払い。私の場合はマンモグラフィーの検査料45ユーロが医療費免除制度のため無料となっています。

担当者の女性の一人は前回感じがあまり良くなかったので覚えてました。案の定私はその人に当たり。せいぜい元気よくあいさつし、携帯番号を聞かれたので答えると、
「ありがとうございますシニョーラ」と今日は機嫌が良いみたい。最後には「サヨナーラ」と日本語で挨拶までしてくれた。どうしたのだ。かえって戸惑ってしまうではないか!?

隣の受付の人も「サヨナラぐらい私も知ってるわよ!スシも!」なんて言って笑っていて、上機嫌が伝染したのか。私も笑いながら検査を待つ。
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待合室を見渡すと40-50代と思われる女性がやはり多かった。もっと上の年代の人も数人居たし、付き添いで来ている男性も2、3人。私も初めてここに来た時は夫について来てもらったっけ。

受付が終わってからほどなく呼ばれ、時計を見たら予約時間ぴったり。なんと。
検査をする部屋は全部で9部屋あり、それぞれに更衣室が付いています。そこで上半身すべて脱いでマンモグラフィーの機械がある部屋に入ると、技師による質問。

特に自分で感じる症状などがあるか、手術をしたのは 右か左か、現在している治療、
薬は?と聞かれ、答えをコンピューターに入力し終わると、
右と左、2枚ずつ写真を撮っておしまい。
胸を板にはさまれている間、「うわー痛いなー」と思いながらも自分の胸を見てしまったら、「頭を上げて」と注意される。30代ぐらいの男性の技師でした。

マンモグラフィーはこの痛さがつらいけれど、
他の検査と違って朝ごはんを食べて良いのがうれしい所。
(と思って自分を励ます。わたしゃ注射より検査前日の食事制限や絶食が苦手。はは。)

とにかく、検査はすぐに終わり、服を着て帰っていいですよ。と言われる。
エコー検査は他の日に指定されているのであった。
早起きがたたったのかくたびれてしまい、甘い物が食べたいなと思いながら帰宅。

(ISPO=Istituto per lo Studio e la Prevenzione Oncologica)

※参考までに 私立の機関でマンモグラフィーをやった時の様子は
→イタリア乳がん体験 -1-  乳がんかも!?検査予約!!
→イタリア乳がん体験 -3- マンモグラフィーとエコー検査 
に書いています。



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Top▲ | by hpopone | 2012-05-12 04:39 | イタリア乳がん体験
「りんご」と「なし」の体験談
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乳がんの手術を受ける際に、心強かったのが、身近に経験者がいたこと。

義母も、若いころ手術をして良性腫瘍を取ったらしいし、夫の従妹も経験者。
この従妹は手術した年にトップレスになったし、
すぐに車を運転したら傷口が開いた。などというエピソードの持ち主。

トップレスはやったことがないのでわかりませんが、
車については、子供の学校の送り迎えのためにやむなく運転したんじゃないかなぁ。
母は強し、ですが気の毒でした。想像すると恐いですね。

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去年、海を見に行って、何気なく撮った写真を家に帰って良く見たら、
写ってました、胸を陽にあてている人が。
(写真が小さくて分からないって?まあそれぐらいでないとまた怒られそう。)

話変って、わが家の下の階にはシルビアさんという50代半ばの女性がいて、数年前、
建物の入り口で会うと、

「どう、元気なの?私は12月24日に胸の手術したわよ!」

なんてことを言うので、もうちょっと詳しく話してもらいました。
私にはまだしこりが見つかっていない時の話ですが、なぜか聞いておきたかった。

「10月ごろに自分で気が付いたのよ。検査?やってなかったのよ~。」

そこで、「知る限りのつてを頼って」出来るだけ早く検査、そして手術をしてもらうように
したのだそうです。見つけた病院は遠かったため、退院の際は離婚を前提として別居中の旦那さんが迎えに来てくれたそうです。大人な国だなぁ。余談ですけど。

「私の胸って柔らかくて、ナシみたいな形で気に入ってたんだけど、片方を手術したらリンゴみたいになっちゃったわ。大きさを揃えるために両方切ったのよ。こんなに小さくなって今はブラジャー要らないのよ。ほらほら。」

と言って上着を広げて問題の胸のあたりを見せられたのにはタジタジとなりました。
クリスマスシーズンの真っただ中に手術をしてくれるという話も意外に思えました。
ここまですべて「立ち話」。

私が手術して乳がんだったと分かってからは、「放射線治療中にはこのクリームと
ボディーソープを使えばいい」と言って見本まで持ってきてくれたし、
同じ薬を飲んでいたのでそれについての話もできました。

彼女の場合は、私より切除した部分も大きかったと思うし、薬の副作用も強く、そのため
「4人の医師にフォローしてもらっていて、鍼(はり)も打ちに行った」
「あちこちに検査や診察で行くので、検査結果や書類はすべてコピーにとってファイルにしておくといいわよ」とアドバイスをくれたり、

「身障者の申請をしたら仕事の面も楽だし、バスの定期も安くなるからやっといたら?」とも勧められました。まあ私は仕事をしていなかったし、定期を買うほどバスにも乗っていなかったのでやりませんでしたが...

その後シルビアさんとは、夏になり、薄着になった時、ついに手術痕の見せ合いっこまでしてしまった。「ほうら」と言って見せられたので、お返しにちらっとね。イタリア人女性全員が彼女のように「オープン」だとは思いませんが、義母も「傷口みせて」なんて言ってましたから、そういう人の割合は多いのかな?

とにかく、「聞きもしないのに」色々とおしゃべりをしてくれ、「頼みもしないのに」色々と世話を焼いてくれる彼女たちにはずいぶんと助けられました。これって皮肉な言い方?
いや~実際ちょっとうるさい時ありますからね。なんて言うとバチが当たるかな。
ほんとほんと。皆さまには感謝しております。



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Top▲ | by hpopone | 2012-05-06 07:17 | イタリア乳がん体験
イタリア乳がん体験 -16- フォローアップ 手術後の検診
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現在のサンタ・キアーラの入口

放射線治療が終わりに近づいたころ、顔なじみになった他の患者さんに
「この後どうなるの?」と聞かれた時には驚きました。
外国人の私にそんなことを聞くとは?

彼女は私立の病院で手術したため、私のケースとも違うらしく、その後の検査スケジュールなどの説明を受けていないようでした。何ごともあまり親切に説明してくれないのがイタリアかもしれませんが、不安を抱えるがん患者にはもうちょっと配慮があっても良いと思ったものです。

私の場合、フォローアップは2か所で約6カ月ごとに受けています。

1.手術をした病院のがんセンター(Day Hospital)

毎回、M医師が担当
診察(問診と触診)の後、他の検査機関であらかじめ受けた
・血液検査 (腫瘍マーカー ホルモン)
・腹部エコー(半年ごと→今年からは年1回)
・マンモグラフィー(年1回)
の検査結果をチェックしてくれます。

2.放射線治療をした病院 サンタ・キアーラ

ここでは担当の医師はその都度変ります。
診察の内容は1と変りません。

最初は、同じことをやるのだから、がんセンターの診察だけでいいのに、と思っていました。病院に何回も行くのはあまり楽しいことではないですし。しかし、あとで複数の医師にチェックしてもらう方がより安心だと考え直しました。放射線治療後の再発率など患者のデータも集めているだろうから、協力させてもらおうじゃないの。なんて思ったりしました。

現在の所、乳がんに関しては手術後の経過も良く、マンモグラフィーも陰性です。
このフォローはいつまで続けてくれるのかは聞いていませんでした。次回検診の時に
尋ねないと...

この1.2.の検査が終わるとそれを家庭医に報告したり、薬が無くなるとそのつど処方箋をもらいに行く必要があります。

以上のスケジュールでも、結構面倒だったのですが、子宮筋腫の関係で婦人科医とがん専門医の間を2往復余分にしたのに加え、昔からあった胆石の手術をすることにもなったので、2010年は検査や診察であっちへ行きこっちへ行き、今思い出してもかなりややこしいことになっていました。

乳がんの手術を受ける前までは、診察を受けた日付などを一覧表にしていましたが、当時はそんな気にもならず、かろうじて「病院関係ノート」にメモを取るようにしていました。

そのノートから拾ったメモによると、
手術後最初のマンモグラフィーには「お守りを持って行った」とあります。
やはり手術後一番ドキドキする検査です。終わるとホッとします。
この時、エコー検査で「左わきが心配」と訴えるとそこを念入りに見てくれました。

手術前に病院で会った患者さんと再会したこともありました。
同じ時期に手術したのでその後も大体同じ日程で検査を受けるため、半年ごとに再会してお互い元気なことを喜びました。

がんセンターでは、予約した日に行ってみたら
「今日はM先生は居られません。連絡が行かなかったんですね。新しい検査日を明日電話でお知らせします。」と言われたことがありましたが、携帯番号を伝えた後につい、
「ありがとう」と言ってしまった自分に腹がたちました。

翌日は、連絡がなかったらこっちから電話する気でカッカしていましたが、実際にはちゃんと連絡がありました。こういう時やけにうれしくなってしまう自分とは?結構オメデタイ人間かもしれません。

まあこういうこともあったりで、検査自体よりも病院関係の予約をフォローアップのスケジュールに間に合うように取るのが結構なストレスでした。

今年は毎年4月にやっていたマンモグラフィーの予約を取るのが遅れてしまって
5月になってしまいました。3年目でちょっと気が緩んでいたのだと思います。
油断してると夏頃になってしまうところでした。気を引き締めて行きたいと思います。



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Top▲ | by hpopone | 2012-05-03 01:30 | イタリア乳がん体験
イタリア乳がん体験 -15- 薬について...どこまでが副作用?
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ご近所で咲いていた花。何という花でしょうね?
「黄色は気分を上げてくれる色」と義母が良く言います。


私が服用しているタモキシフェンの話です。
2009年6月に手術。同8月から服用中。

手術をした病院のがんセンターのM医師は私にこれを飲ませるかどうか少し迷っておられました。私にはもともと子宮筋腫があるため、服用による影響が心配されるため。

私も少々悩みました。というのは、うちの下の階に住む奥さんが同じ薬を飲んでいたのですが、「ありとあらゆる副作用が出た」そうで、足もむくむし、辛くてたまらない
などと言うのを聞いたからです。そんな薬かと思うと恐いです。

ネットで調べると患者さんの声としては、「のぼせ」と「目がかすむ」などと書いてあるのを見たように思います。
とにかくこのタモキシフェンという薬は日本でも処方されているのと同じ物であること
5年間服用することにより、再発リスクが下がる事(が期待できる)と理解できました。
私のがんは非浸潤性なので再発の心配はほとんどないということですが、たとえ1%でもがんになるとすれば私なのですから、後で後悔したくないと思い、服用を決心してM医師に処方をもらいました。

ファミリードクターからは「効果が確かめられているから飲むとよい。」と言われ、
「強い副作用を訴えている患者さんはおられるのでしょうか」との質問に、
「私の知る限りそういう例はないですよ。」と答えられ多少安心しました。

放射線治療をした病院の医師からは、「術後タモキシフェンを飲んでいるか」と聞かれた際に、「飲んでいます」と答えると「よろしい」みたいな感じでした。

飲み始めてみたら、心配していたような目立った副作用もなく、当初は特に何もなし。

一番問題があったのが子宮筋腫でしたが、服用開始後は生理が数カ月に1回となり、
このまま閉経してくれたらラッキー、などと、のんきに考えていました。
それが結局大きくなってしまって約1年後(2010年8月)に全摘出することになりました。

のぼせが始まったのはその手術も終わり服用開始後1年以上経った2010年11月ごろ。
その後、数か月ごとに、のぼせる時期とおさまっている時期がありました。

普通の更年期と思っていましたが、婦人科では「エストロゲンの数値から言って更年期ではなく、薬の影響でしょう。」と言われました。

どちらにしても、生活に大きな支障があるわけではないし、のぼせても自然に収まります。首の後ろに汗をかくと言っていた人もいるけど私はそれほどでもない。どうも最近頭がぼーっとしているようでそっちの方が気になります。

疲れやすい。無気力感、集中力や記憶力の低下も感じていますが、外へ出かけたりすると忘れてしまう感じです。その外へ出かける準備が最近やけに時間がかかってしまうなあとは思っていますが...

これも老化ということもあるだろうし、自分の体の状態を「こんなもんだろう」と思い、気持ちが落ち込んだりする時も、家にこもりがちなせいだろうな、ぐらいに思っていました。

このブログを書き始めて、他の方のページを読んだりしていると、薬の影響も大きいのかもしれない、と思い始め、改めて注意書を読んでみると、副作用の欄になるほど、「落ち込み、疲労、混乱」なんてことも書いてあります。

 頭の中が混乱confusioneしているのは文章をまとめていく時に実感しています。「ここはどう書こう」と思った途端にのぼせがブワーっと来たりしてます。

但しこれらの症状がすべて薬のせいかどうか、私には分かりません。
次回がん専門医や婦人科医の検診の時に訪ねてみようと思います。
5年間の服用が終わってそういう症状がすべて無くなれば良いけれど、
どうなんでしょうね。

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TAM20 あと2年付き合わなければ。これからはタモちゃんとでも呼ぼうか?

右の写真は私の飲み忘れ対策。最初、薬の容器にマジックで日付を書いていたのですが、手にインクが付いてしまって消えてしまった。
そこで写真のような表を貼りつけ、飲んだら日付を記入するようにしました。
鉛筆を探しているあいだに書くのを忘れたりするので箱に輪ゴムでくっつけてあります。
それでもチェックするのを忘れたりして...大丈夫か?私?

イタリア乳がん体験 -16- フォローアップ 手術後の検診 に続く




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Top▲ | by hpopone | 2012-05-02 05:45 | イタリア乳がん体験
ドラゴン・レディを見に行く!
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フローレンス・ドラゴン・レディの練習風景
ボートを出して向きを変えているところ


「フローレンス・ドラゴン・レディ」は乳がん経験者による「ドラゴンボート」のチームです。
競技の他、フィレンツェで行われる様々な行事にも登場します。
その姿を「近くで見たい」と思って、彼女たちの練習を見てきました。

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アルノ川。ここから出発

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向きが真っ直ぐになったら・・・

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こぎ出します

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あっという間に行ってしまった。

淡々と、そして黙々と櫂(かい)を操る様子を見ていて
...かなり感動しました。もう理屈抜きで。
ボートが静かに、流れるように進む様子が美しかった。


「フローレンス・ドラゴン・レディ」は2006年に誕生

私がこのチームの存在を知ったのは、再検査のために行った検査機関でした。
そこに置いてあったパンフレットを見て、
乳がんでもこんなにたくましい人たちが居るんだなぁと感心。
しかも名前はドラゴン!迫力ありそうです。
その頃からいつか応援に行きたいと思っていました。

ドラゴンボートは中国が発祥の地。龍の頭と尾で装飾されている長いボート。
(この日は練習用なので龍はナシ)競技としても世界に広まり、
チームは漕ぎ手20名、太鼓手1名、かじ取り1名から成ります。

乳がん患者のチームは‘90年代にカナダで結成されたのが始まりで、
今では100近いチームが世界各地にあるとか。
イタリアでは2004年にローマで「ピンクバタフライ」、次いで2006年フィレンツェで
「ドラゴン・レディ」が誕生しました。

フィレンツェで毎年行われるがんウォーク「CORRI LA VITA」でもアルノ川を行く彼女らを見ることができますし、1月6日のエピファニアにはベファーナ(魔女)の格好をして子供たちを乗せたりもします。

公式サイトによると、次の活動は..5月27のヴェネチア遠征!Vogalongaという大会で
1650のボーと、6000人以上の漕ぎ手に交じって参加するそうですよ。


フローレンス・ドラゴン・レディ公式サイト(イタリア語・英語)
http://www.florencedragonlady.it

Valerio Perini ドラゴン・レディーのサポーターカメラマンの写真ページ
ピンク色のTシャツを着たドラゴンレディーの姿や
ボートの舳先に「ドラゴン」が居るのも見られます。
http://www.perinivalerio.it/sport/dragon-lady-2009/florence-dragon-lady/florence_dragon-lady-2009.html




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Top▲ | by hpopone | 2012-04-30 04:48 | イタリア乳がん体験

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