入院こぼれ話 - 看護師(女性編2) 失言 -
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2年前に入院した時の話です

午後から交代でやってきた看護師さん。

「トイレは行きましたか?医師からの指示ですからね、
起きて、歩くようにして下さいね。水を飲んでね。」


とていねいに言われたので好感をもつ。

私の向いのベッドにいた奥さんは86才。足を骨折したため、
友達と毎日1時間ウォーキングしてたのに できなくなったそう。

「婚約者は27才の時に死に、夫は36才の時に亡くなった。
その後は両親の世話だった。私の人生はめちゃくちゃ。」


...なんて言うので、私も身の上話をして、
「私も子供いないんですよ」 などと言っていると、

このタイミングでやってきた看護師さんが、
「今からでも遅くないですよ。いくつなの?」 とおっしゃる。

一瞬迷ったけど、

「えーっと、昨日子宮摘出手術したので無理です。」
 と返事したら、

「スクージ!!(すみません)」
 なんてね、顔色変わってました。

これはイタリア人としては最大限のお詫びの言葉なので、逆に気の毒なようでありました。
私もホントの事言わなくてもよかったかな、なんて。

但し、例えば《まだ30代で子供を産むつもりだったのにやむなく手術した》という状況だったら、
軽く首でも絞めてたかも...なんて物騒な。そんなことしませんが...
まあ怒って新聞の読者欄に投書ぐらいしたかもしれません。047.gif

担当してる患者が何で入院しているのか覚えていて欲しいものだ、とも思ったけど、
まあ話の流れってやつで、彼女もつい言ってしまったんでしょうね。

それにしても、きっと子供が作れるぐらいの年にみられてるんだろうなぁ~と思ってたら、
86才の患者さんが

「えっ、そんな年なの?私はまた30才ぐらいかと思ってたわ」

と言うのでコケました。この年代から見たら30~50才ぐらいは「誤差」か?ははは。

...さらにこの後、トイレで歯を磨いていると、見舞客らしき女性が親しげに、

「こちらには、長く住んでらっしゃるの?ご主人はイタリア人?お子さんは? 」


なんて話しかけてくるんだけど、歯ブラシが口の中に入っている状態では
こっちは首を振るぐらいしかできないので、

「いらっしゃらないの?まあ養子をもらうこともできますしね...」

と自分で話をまとめてにこやかに去って行った。

なんというか...イタリア人って無邪気だなあというのが私の感想。

こちらも図太さで応戦するっきゃない??



数日後、失言看護師さんは何故か一人の患者さんに対して、
「痛み止めを今ごろくれって、さっき1時間も私ここに居たのに、なんでその時言わないんですか!」
「目がぜんぜん見えないと言ってたのに、どうして薬がなくなってると分かるんですか!」


と声をあげているので、別のナースもやってきて
「立ち上がったらだめでしょう !」 なんて一緒になって怒ったりして

どうやら不機嫌が伝染しちゃったみたい。これが夜の10時から11時ごろまで続き
このキレ具合、この方更年期では?と疑った。わけもなく腹がたったりするもんね。
看護師さんだって人間だ。なーんて自分が怒られたわけじゃないのでのんきに考えた。

それにつけても、いちいちこういうことに腹が立たないということは?どういうわけでしょ。
性格かそれとも年齢のせいか? 
そうだとしたら年をとるってこともそんなに悪いもんでもないかもしれませんね。



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Top▲ | by hpopone | 2012-07-26 03:19 | イタリア子宮全摘手術
子宮筋腫 関連記事 ◆INDEX◆
2010年 フィレンツェ イタリアでの体験記です

 1.子宮筋腫 手術体験 1
 2.子宮筋腫 手術体験 2 手術待ちのリストに載る前に
 3.子宮筋腫 手術体験 3 救急病棟の一日
 4.手術前~ 再び検査 手術に同意
 5.病院でのルーティーン  手術日決定
 6.手術当日
 7.手術後1~2日
 8.手術後 3~4日め
 9.土曜日に退院 薬局は閉まってた
10. 抜糸 手術後の検査など
11.手術後の療養 義母宅で1週間
12.手術後2週間~1ヶ月後の検診
13.組織検査の結果
14. 手術1年後の検診

 ◆ 入院こぼれ話-看護師(男性編)-
 ◆ 入院こぼれ話-看護師(女性編1)こわい-




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Top▲ | by hpopone | 2012-07-13 00:05 | イタリア子宮全摘手術
14 手術1年後の検診
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イタリアで子宮筋腫の手術をした時の体験談 の続きです。

病院に行くと「どっちが名字ですか??」と必ず最初に聞かれたものです。
イタリアだと女性の名前はAで終わるのが普通なのですが
たとえば ナカムラケイコさんの場合だと
NAKAMURA KEIKO となり、
Aで終わっているナカムラが名前かなと思うようですね。

私の名前もこのタイプでして、検査に行くまで男だと思われていたこともありますが
さすがに婦人科ではそういうことはありませんでした。

手術後1年経って受けた検診は1回で済まず、3回行くことになりました。
同じ病院でも行くたびに担当医師が違ったし、今後の検診についてはどうするか考え中です。

以下、長くなりましたが興味のある方はどうぞお読みください。


1回目 2011年10月
手術した病院の婦人科外来での受診
前の年は部屋の外で待っているのは妊婦さんばっかりだったけど
今年からは私のような患者は別の部屋で診察することになったらしい

たまたま、去年と同じ医師が担当だったけれど私のことは覚えていない様子。

「イタリア語はしゃべれますか」と聞かれたあと、
「手術後一年の検診に来た」と言ったら、

「この病院で手術してませんね!」 と断言されるも、ここでひるまず、

「いえ、しましたよ B先生に担当していただきました」と言ってる間に
 この女医さん、ようやくPCで私のデータを見つけたらしく、そのまま平然と診察が続いた。
(ここで「失礼」とか「すみません」とは絶対に言わない)

私のカルテはこの後に出て来た。

この1年ぐらいのぼせがあることや、時々気分が落ち込む と話し
前日は夜中に気分が悪くなったことも言ったけど「胃腸の方でしょう」との返事だった。
ずいぶんあっさりと言ってくれるものだと思ったけど、
持って行った各種検査結果を見ての判断だと思われた。すごい速さで書類を見て行くので
本当にちゃんと読んでくれているのかと思うほど

乳がんの手術をした関係もあり色々と検査をしていて、思いつく限り
子宮内外のエコー、マンモグラフィー、血液検査、腹部全体のエコーは持って行ったのに、
肝心の摘出した子宮の組織検査の結果を持って行くのを忘れてしまった。

診察の結果、炎症が見られると言ってcolpofix というジェルを処方された。
また、ホルモンの状態を見るための血液検査をし、2ヶ月後に受診することになった。
組織検査の結果はその時に持って来れば良いと言われほっとする。

次回の診察のための書類ricetta medica をその場で書いてくれたので
すぐに病院内のCUP(予約センター)に行ったら、係の人は

「あの女医さん書類にコードも何も書いていないわ!」と怒るので
こっちは一々驚いてしまう。でもすぐに

「まあPCにデータが入ってますけどね」とコロっと変るので
ならいいじゃん~文句言わなくても~ と思いつつもすぐに予約が取れてやれやれ。


2回目 2011年12月

2か月の間に何となくおなかが膨れるような感じ
筋腫があるかのような痛い感じがして、卵巣のcicste(のう胞)がまた
できたんじゃあるまいか?まさか?なんて思う日々

担当は男性医師 持っていった組織検査の結果を音読してるのを見ると
ちゃんと読んでくれている感じがしてやや安心。

血液検査の結果を見ながら
「エストロゲンの値からみて更年期ではない」と言われる
あとは診察を受けたら終わり、と思っていたら

「子宮内の手術あとにポリープが出来ています」えええ
「ポリープ! 危険なものですか?」
「いいえ、自然になくなることもありますが、2-3カ月後に診察を受けるように」

とのことでPCで所見を紙に書いてくれたので、これを家庭医にも見せて、
「ポリープなんて言われたけど恐いものではないですね?」と確認し、
次回受診のための書類をもらった。

それで安心してしまったのか、実際に診察を受けたのはその5カ月後になってしまった。



3回目 2012年5月

廊下で待っていると、診察室から年配の男性患者が出てきて、
婦人科のはずなのに???場所を間違ったのかと思ったら
あとから奥さんらしき人が出てきてこの人は付き添いだったと分かった。
この日は患者が多くて予約時間より2時間も待たされた。

前回の医師とは違う男の先生だった。
「12月に診察を受けているのに、何でまた今日来たの?」と言われ
「前回ポリープが見つかったのでその確認です。」と話し、

この頃の症状として ほてりやぼーっとする感じがあることを説明すると
「更年期的な症状はホルモン療法をすることができますよ」なんて言うので
「乳がん手術後ホルモン抑制剤を飲んでいますのでダメですよね」
と私が言うと、「その件は知りませんでしたから」、と医師が多少あわてている頃
やっと看護師が私のカルテを出してきた。なんでいつも後から出て来るのだ?

その場でエコーをして診てもらった結果、ポリープは消えていて良かったのだけれど、

この日はどうやら、CUP(予約センター)が医師の受け入れ能力以上の患者を送り込んでしまったらしく、2時間待たされた私も疲れていたけど、診察が終わらないうちから医師が文句を言い始め、
終わると私より先に部屋から出ていった。

おかげで次は何時診察を受けたらいいか聞くのと、次回も子宮のエコー検査をしてもらいたいと頼むことをすっかり忘れたまま帰ってきてしまった。家庭医に相談しなければ。

※ ※ ※

この3回目の受診ですっかり疲れてしまい、このままこの病院で受診と言う形で良いのか考えている所です。同じ時期に手術を受けた友人に聞くと、私立で検診を受けていて、診察料は1回100ユーロほど、という話でした。

これで一応子宮筋腫の手術、婦人科での診察などについては終わりです。
この後ぽつぽつと看護師さんや患者さんの話も書くかもしれません。


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Top▲ | by hpopone | 2012-07-09 04:50 | イタリア子宮全摘手術
13 組織検査の結果
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2010年にイタリア フィレンツェで子宮筋腫の手術をした時の体験談 の続きです。

摘出した子宮は組織検査に回されました。
電話で確認し、結果が出ていれば決められた日に結果をもらいに行く
という仕組みで、確か毎週水曜日でした。

およそ一か月後にもらえるということだったので、何回も電話しました。
ところが、なかなか結果が出ない。
別の病院で私より後に手術した友達の方が先にもらってました。

子宮筋腫でそんなに心配することもないとは思ったのですが、
卵巣にできていたのう胞というのが気になっていました。

毎回「まだ結果が出ない」という返事で、電話するのもいやになってましたが、
手術後2カ月以上たってようやく診断書をもらえるとの返事。

早めに行って指定された部屋の外で待っていると、外科医が後から来て
なんと廊下で渡されました。医師がその場で読み上げ

「問題なし」と言っているようでしたが...「卵巣もですか?」と尋ねると

「そうです、どちらも検査の結果は陰性です。今言いました」というけど
早口でむずかしい用語を読まれてもねえ。まあよかった。

こういう診断書の内容を理解したくて、義母の家にある家庭用の
医学用語辞典を見たりしましたが、載っていない単語もあり、
webで調べてもイタリア人も同じような質問をしていてらちがあかない

その後家庭医にも見せて問題がないことを確認してもらい、
以前はなじめなかったホームドクター制度はこういう時にも役に立つのかと
少し見直すことにもなりました。

乳がん手術後診てもらっている専門医にも定期診断の時に見せて確認してもらいました。
このM医師、診察のときに「子宮の手術の後も見ましょうと」といいつつ、
「ハッハッハッ」と笑われたので、私のお腹のどこが面白いのかと思ったら
「切った痕が 斜めです。まっすぐ切ればいいのにね」とのこと、

鏡に映してよく見たら確かに斜めに切られていました。
自分で上から見ていたら分からないのですわ

そんなこんながあり、手術後1年の婦人科検診を受ける頃には
この検査結果を持っていくのをきっちり忘れていました。


→ 14 手術1年後の検査 に続く
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Top▲ | by hpopone | 2012-07-05 00:05 | イタリア子宮全摘手術
12 手術後2週間~1ヶ月後の検診
イタリア フィレンツェで子宮筋腫の手術をした時の体験談 の続きです。

2010年9月
手術後2週間も経つと、洗濯をしたとか、スーパーに一人で買物に行ったというメモがありました。
じっとしているより歩いた方が楽だったのですが、10分ぐらいの距離でも2-3回休憩していました。
少しずつ買って荷物が重くならないように注意もしました。

唯一のアドベンチャーは友達の見舞いに行ったこと。私より10日後に手術をしたのだけれど、
筋腫だけを取るはずが、結果として全摘出になってしまったと連絡があってびっくり。
少し迷ったけど、私の時も来てくれたのだし、元気づけたくて出かけました。

日曜日だったし交通量も少なかったので、夫の車で出来るだけゆっくり走ってもらい、
道が悪くガクっと衝撃が来そうな所はももの下に自分の手を置いて腰を浮かし気味にしました。
なんとか着いたものの、長く立っていられなくてすぐに帰りました。
大きな病院なので駐車場にたどりつくまでが遠く、途中で座ったりしてました。
友達には顔を見せただけでしたが、
「10日経てば自分も歩けるようになると思って励まされた」と後で何度もお礼を言われました。
急に大きな手術に変更になってショックもあったでしょうね。
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残念だったのは毎年参加しているがんウォーク※に参加できなかったこと
毎年9月最後の日曜日に行われますが、手術後1カ月足らずでは
さすがに5kmの距離を歩くことはできないので、参加費を払い
Tシャツをもらって 記念写真を撮って気持ちだけ参加。

※10年目を迎えたCORRI LA VITAというイベント
今年は9月30日(日)に開催決定でドゥオーモ広場スタートだそうですよ。


2010年10月 手術後1ヶ月の検診
手術の1カ月後に婦人科で検査を受けることを勧める。と退院の時の書類に書いてありましたが、
かかりつけの婦人科医に診てもらっても良いみたいでした。
私は手術をした病院で診てもらえるよう予約を取りましたが、
担当は私が受けた手術とは無関係の医師でした。

・手術後のうすい出血があったが、ふつうであるとの事。

・一か月経っても摘出した子宮の組織検査結果がまだ出ていなかったので気になっていたけど
 医師は慣れているらしく、次回の検査の時に持ってくるように、と言われた。
 (結果が出たのは手術後2カ月も経ってからだった。)

・次の検査は1年後で良い

・卵巣のciste(のう胞)は再び出来ることがあるのか、気になると言うと、
 次回までにエコー検査をするように、と検査依頼ricetta medicaを書いてくれた。
 血液検査のricettaも同時にもらった。

・運動は?  自転車に乗るとか 腹筋とか していいのか??
 重いものを持たないっていつまでか?
 はっきりとした目安は教えてくれなかったように思う。

スーツケース持って飛行機に乗って大丈夫かと心配だったけど、
年末には荷物少なめにして日本に無事帰ることができた。

→ 13 組織検査の結果 に続く
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Top▲ | by hpopone | 2012-07-03 07:30 | イタリア子宮全摘手術
11 手術後の療養 義母宅で1週間
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義母がくれた「てんとう虫のクリップ」コレクション

四つ葉のクローバーと並んで、てんとう虫は幸運のシンボル。ラッキーアイテムです。
「見つけると買ってしまうのよ~」とのことで、いつも余分に買って私にもくれます。

私は実用的でシンプルな物が好きで、飾りの付いた物や可愛い物をもらうと処理に困り、こっそり捨ててしまったりする悪い女でございますが、これだけは捨てちゃだめでしょ~。しかしフェルトのはよく見るとちょっと恐いなあ。

※ここからイタリア フィレンツェで子宮筋腫の手術をした時の体験談 の続きです。
手術後の回復具合と、嫁姑の話が混ざったような日記になってしまいました。
(トイレの話含みますのでご注意)

2010年9月、退院後 夫の実家で義母の世話になりながら1週間療養

義母宅1日目 日曜日

久しぶりに夫と一緒に朝食
いろいろ手伝ってもらって着替えなどを詰めて義母の所へ行く支度ができた。
自分の家の方が落ち着くし、行くのはいやだったのだけど、
準備をしている間に大分元気になった。しゃがむこともできる。
しかし、生えて来たヘアーがチクチクする。(けっこう痛い)
夫に手伝ってもらいシャンプー
テラス用のいすが座っていて楽なのでこれも車に積んで出発

義母宅に着き、せいぜい明るく
「ベッドを予約してありまーす」と言ったら
「10号室でーす」と返してきた。

ダブルベッドを私のために空けてくれ、至れり尽せり。
義母は1日中私の洗濯物を洗っては干し、洗っては干し夜の10時ごろまでやっていた

義母宅2日目 月曜日
夜中2時間おきぐらいにトイレに立つ
朝 生まれて初めての浣腸を試す やれやれ 
お腹を切っているからあまり力を入れることができず便通もなかなか大変。
cristeleと言って夫に薬局で買ってきてもらった。

ベッドには前向きでも上がれるようになっている

義母がてんとう虫クリップをくれた。私も何かてんとう虫グッズをみつけたらあげよう、などと思う。

友達に電話やメッセージで退院したと伝えた

義母に「公立でも(ナントカというtelにかけて)手術してくれた先生に今後も診てもらうことができるかどうか?聞いてみるべき」と力説された。退院したばかりなので、めんどくさいなーと思う。

午後たっぷり昼寝して ちょっとねぼけてる
すでに家に帰りたくなってる
あれこれ世話を焼かれるのがいやなのと、義母が夫に税金のことなんかで文句言っているトーンなどがいやかなー。説明してもわかってもらえないことも多いし。夜は何かまだ言っていたけどイヤホンはめたままにしといた。一人暮らしを長くしたこと、私の性格もあってワーワー言われるのが苦手。

病気のときぐらいしょうゆ味のものを食べたいけどもうちょっとの辛抱
義母の料理はワンパターンなので 早く「自分の味」で食べたい。

夜 ほぼふつうにベッドの上り下りができるようになっているのに気付く。

義母3日目 火曜日
昨日は昼寝したわりにはまあまあ寝れた
トイレ回数も減った

まあーしかし、義母も実家の母と同じくらいの年なんやからこんなに色々させてええんかいなと思う。買物ひとつでも楽ではないはず。

実家へのFAX 歯科へのTEL  いややなー 
でも手術の前には歯(の根っこ)が痛んだので早めに予約をしておかなくては

今日はくもり 雨になるらしい 窓を開けて空気を入れ替えた

義母が「これ60年代のシーツで古いものだけど」なんて言うので
「私も60sですからー」と返事した。
こんな古い物でも新品同様ということは、お客様用に取ってあったのだろうか?
その後これまた古いティーカップで一緒にお茶を飲んだ。

家の中を散歩したり 首を回したり
廊下の長さは7mだそうで、今は亡き義父がリハビリで歩いていたころ測ったのだそう。

DVDでチュートリアルを見た お笑いが入っててよかった

体重を測ったら手術前より5kgも減っていた!!!


義母宅4日目 水曜日

朝 身体をふいたり、化粧したり 準備開始。着替えて病院に行く準備をする
夫の車で行き、抜糸してもらった。

歯医者に寄り、万一痛くなった場合の抗生物質の処方をもらって義母宅に戻ったのが11時。ちょっとくたびれたかな?

義母のお隣さんの作った死ぬほど甘いジャムを味見させられた後ちょっとスプーンや皿を洗った。楽をさせてもらうのはいいけど、ちょっとずつ何かしないと中々社会復帰できない気がしてきた。

夕食 なーんかなーという味でコーラで流しこんだ 
夕食にコーラが出て来るというのもなぁ


義母宅5日目 木曜日

朝 義母と散歩した  30分ぐらい 緑が多くて気持ちいい
ご近所のお年寄りとのおしゃべりは 遠慮した

退院後初めての「外出」だった。ズボンがブカブカだ

夜はPCでスパイダーをやった

義母宅6日目 金曜日
朝 一人で散歩 戻って
小さなメルカートを覗いて、タバッキでスクラッチカードを買って運だめし。
ボートにお宝がてんこ盛りになっている絵柄だったけど見事にハズレ。

ベッドサイドのランプの電球を替えたり、洗濯もさせてもらった

午後、私のご近所さん2人がわざわざ義母宅まで見舞いに来てくれた。
一人は同じような手術の経験者で、自分も手術後は義母の世話になったと話し、
「来週もここで世話になれ」と言って帰った。
それを聞いて義母は満足してるけど?

私は家に帰るための荷造り。翌日スーパーで買物をするためのリストを作ったりしていた。
週末なので連れて帰ってもらえると思ったのに夫に「明日!」と言われてがっくり。
なぜかシュークリームみたいなのが食べたい。

義母宅7日目 土曜日
朝食済んでからすぐ荷造りの仕上げ。行きよりコンパクトにまとまった

10時ごろ散歩に出かける
本を読んだり ゆっくりゆっくり 休憩きゅうけい
そのままスーパーに行こうかと思ったけど まだ早いまだ早いと思い やめておく

帰ったら義母は掃除してた
Gパンのウエストや腰のあたりがやせて...と話すとさわりに来る。
昔話とか古い知り合いの話とか毎日続くと重たい。夫にも誰のことか分からない人の話をされてもなあ。イタリア式マンマの世話焼きはありがたいけど、こっちは子供やないんやから... ああもう限界。ウザいという言葉はこういう時に使うのか。(いてて←石)

午後、ついに義母宅も「退院」して家に帰ってきた。
でもやっぱり疲れている。夫が一人でスーパーに買物に行き、
「一週間は最低限のことしかしないように!」と念を押された。

※夫も義母もいちいち「ありがとう」と言われるのを好まない人たちなのだけど...
ほんとうにありがとう!


→ 12 手術後2週間~1ヶ月後の検査 へ続く
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Top▲ | by hpopone | 2012-06-29 17:19 | イタリア子宮全摘手術
10 抜糸 手術後の検査など
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2010年にイタリア フィレンツェで子宮筋腫の手術をした時の体験談 の続きです。

退院後 夫の実家で義母の世話になりながら1週間過ごしました
体重は手術前より5kgも減っていて、ズボンのウエストがぶかぶかになりました。

手術の後は日に日に身体を動かせるようになり、回復を実感しましたが、
1年ほど経ってもまだ違和感はありました。
例えば、たくさん歩くと痛むわけではないけれど、お腹に負担をかけているようで無理はできない感じでした。
2年近く経った現在はやっと普通に戻った気がします。

手術の後は現在までに以下のような検査を受けました。

2010年  9月 抜糸 手術後 9日め
2010年 10月 手術後一ヶ月の婦人科検診 
2010年 11月 組織検査の結果が出る
2011年 10月 手術から1年後の婦人科検診 (エコー検査結果持参)
2011年 12月 婦人科検診 (血液検査結果持参 ホルモンの状態を見る 
                     手術の痕にポリープ発見)
2012年  5月 婦人科検診 (ポリープのチェック→消えていた)

※ポリープと言われて驚きましたが、子宮を摘出して切った所にできていました。
危険なものではなく、自然に消える場合もある、と言われていた通り次の検査では無くなっていました。

※ ※ ※

抜糸は手術後9日目でした 義母の家から直接病院へ行きました。

2010年9月
予約の時間の10分後に呼ばれて部屋に入った。

看護師に「今日は何をしに来られましたか?
と聞かれて「

一瞬驚くも立ち直って「抜糸です!」と答えると、
「手術はいつだったか、身体のどの部分か、住所は」など聞かれ、

「もしも痛かったら途中で止まりますからね」と言われたけど
ほとんど痛みは無く、ホチキスのように見えた金属部分と糸を取ってすぐに終わった。
作業の間数えていたらやはり16個あった。

2日後にはシャワーをしてOK、絆創膏は勝手にはがれます。とのこと。
15分ほどですべて終了。
傷口をひっぱられる感じが減ってちょっと楽かな。

帰りにCUP窓口に寄って1カ月後検診の予約をした。
10月に子宮筋腫の手術を受けるための診察を予約してあったのだけれど、
手術は緊急扱いでやってもらってすでに終わっているので、
名目だけ変更すればこの予約をキャンセルせずに使えることになった。
聞いてみるものだなぁ。

 11 手術後の療養 義母宅で1週間 に続く 
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Top▲ | by hpopone | 2012-06-27 00:05 | イタリア子宮全摘手術
9 土曜日に退院 薬局は閉まってた
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私が入院していた病院。旧館の裏から撮影。

イタリアで子宮筋腫の手術をした時の話。続きです。
2010年9月 退院

6:30 体温を測りに来る
7:40 薬 血圧 注射

朝食 紅茶と フェッテビスコッターテ
ジャムは要りますか?と、また聞かれたけど断った。紅茶に砂糖が入っているのだし。朝から甘いものを食べるからイタリアの皆さまは糖尿病になるのでは?などと思う。

トイレが近い。歩くと傷を縫った所がひっぱられる感じ。
今日もいい天気 何日もここで過ごしたけど、私のベッドは窓際のいい「席」だったなあ。
真ん中だったらちょっと感じが違ったかも。

10:30 女医さんによる診察
内部も見て お腹をちょっと押さえる  OKとのこと

少し質問する。退院後やっていいことと、悪いことは?じっとしていればいいのか歩いた方が良いのか?
「両方ともです。普通にしてください。」と...普通と言われても?この状態で?

横から看護師が「重い物を持ってはいけませんよ、何カ月間もですよ」と言ってくれた。
なぜこんな大事なことを医者が言わないのだ?

今まで服用していた薬も引き続き飲んで良い。 鉄分補給とタモキシフェン

この後、ナースが傷口をきれいにしてくれている間、頭を持ち上げて見てみると
ホッチキスみたいなのが ズラーっと並んでいた

「フランケンシュタイン」と頭に浮かぶ。
色も紫がかっていて、映画の特撮メイクみたい。とても自分の腹とは思えない。
ざっと数えて「ホッチキス」は16個あった。

10:45すでに退院の書類を持ってきた。
平日は午後が普通の様だったけど、土曜日だったので退院は午前中なのだ。

もらったのは表紙のついた紙きれ1枚。エコーやCTスキャンなどもしたのに?
これらの検査結果が必要なら請求をしないともらえないとの事。

A4の紙にはどういう検査と手術をしたのか、
2週間は鉄分の薬を飲むこと、
1ヶ月後 婦人科で術後検診を受けるように
摘出した子宮が組織検査に回されているので、結果は約1ヶ月経ったら電話で問い合わせること。 などが書かれていた。

抜糸は4日後とのことで、 予約の日時を書いた紙をくれた

「夫が後で来るので、先生と話したいと言ってますが」と言うと、
「ええ、でもここに全部書いてありますから」との返事。つれないわぁ。

食事については、「何を食べたら良いのかリストはもらえるんですか?」と尋ねた時、医師は「ハイハイ」と言ってたけど、やはりどこにも書いていない。病院で出されたもの、つまり普通の食事でいいと言うことか。消化の良い物を食べていれば良いかな?

この後、退院のための荷造りをした。自分ですべて出来て喜んだ。

12:45ごろ 夫が迎えにきた。退院が土曜日になったので、仕事のことを気にせずに来てもらえて良かった。しかし、もらった書類などを見せている間に院内の薬局が閉まっていた。土曜日は13:00までだったの?そんなの誰も教えてくれなかったよ?

服用するように書かれていた薬は看護師が2日分くれた。この辺は融通がきくのだなあ。
月曜日に夫がもう一度病院内の薬局に来ることになった。すまぬ。

義母の家に預けられる前に、今日一晩だけは家に帰らせて欲しいと頼み、一旦家に戻ってきた。
あまり何もできなかった。録画していた番組をちょっとみて、19:30には眠くなる
夫がが余分にゆでてくれたパスタやパンを少し食べる。

夜中は2時間おきぐらいに目がさめ、トイレ
4:30 ごろ起きて メールチェックしたら 279通もあった。
たいていがジャンクメール。友達にメールを書いたらちょっと元気になった。


→ 10 抜糸 手術後の検査など に続く
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Top▲ | by hpopone | 2012-06-21 00:06 | イタリア子宮全摘手術
8 手術後 3~4日め
2010年にイタリアで子宮筋腫の手術をした時の話。続きです。
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ブロード+パスティーナ(小さなパスタ)を家で再現。ミネストリーナと呼ぶ人も居る。
手術の後、入院中はこれがしょっちゅう出て来ましたよ。

本当にこればっかり
で、病院の食事は大して美味しいものではなかったけれど、それでも有難かった。出来た食事を食べさせてもらえる、というだけで百点。

...とは言うものの、イタリアで入院した方が「病院の食事が美味しかった」、などと書かれているのを読むと今でもうらやましく思えます。「お茶の時間」なんてのも無かったですよ。


2010年9月  手術後3日め


痛み止め(液体の薬を口に含むタイプ)をもらい、ぐっすり眠れたみたい。

朝の体温チェック 36℃ 熱も下がった
昨日マッサージをしたせいか、背中もほとんど痛くなくなった。
7時に看護師たちの交代が来たらしく、にぎやかになってきた。

洗面所に行き、顔を洗った所で切った所の左側が痛くなり、なんとか水なしシャンプーを済ませてそろそろと部屋に戻る。化粧ポーチが重く感じられた。同室の人に「行きはもっと早く歩いていたのに、何でそんなにゆっくり帰ってきたの?」なんて言われた。ハハハ。

8時前 朝食 紅茶と フェッテビスコッターテ
ジャムは要りますか?と聞かれたけど要りません。

採血 何故か血が出ないので針を刺し直したらやっと出た。試験管3本分持って行った。

点滴をつけてもらったけど 外にこぼれてきたので手首の針もはずしてもらう。やった!
点滴の代わりになめる錠剤をくれた。チューブがないと自由でいい。トイレにもいつでも行けるし。

10:25 やっと女医さんが回ってきて
「便や尿も良いようですし、血液など他の検査結果も良く、自分で立てるようですので 
今日の検査結果が良ければ明日の午後にも退院の手続きをします」と言われる。
私はできるだけ長くいたいと言った。恐いから、と言うと
「退院はあさってにできるかも」なんて言われた。お腹は見もしなかった。なーんだ。

ベッドの上り降りの仕方を研究する。
降りる時、まず足を外に出し、ベッドの背は最大に上げてゆっくり起き上がる。スリッパに足を入れ、ベッドの上にしばらく座り、お腹をかばいながらそろそろと立つ。

上がる時の方がつらい。まずベッドの上に座り、背中を背もたれに沈めてから片足ずつベッドに上げる。右足OK。左足を上げるときお腹の傷が..イテテ。(ここでお尻を上げるとあまり痛くない)ちょっとずつ体をずらして出来上がり!

12:50 手術を担当した医師も来て 具合はどうかと聞いてきた。

e0275785_523034.jpg昼食 ブロード+パスティーナ(またか)  じゃがいものピュレ
チキンのロースト(皮つき)
今日のは塩辛いほど味が付いていた。
煮りんご  フェッテビスコッターテ1枚と一緒に食べた。

夫が日本から来たFAXなどを持ってきてくれた。
この時、退院後しばらくは義母の家で過ごすように言われた。
うえ~~家に帰れないの~~??
いやだけどまあそれが一番皆に迷惑をかけない方法なので仕方ない。
パソコンを持っていくことにしよう。

午後は本を読んだり、テラスを歩きながら電話で話したけど途中から辛くなる。
中に入ると寒いし...携帯に友人からメッセージをもらいすぐに返事

16:45やっと体温を計りに来る 血圧もOK
背中の麻酔の線をはがしてもらった。ごく細いチューブがくるくると巻かれて止めてあった。小さな針穴に薬を塗ってまた絆創膏を貼られた。これでやっと身体に付けられているものが何も無くなった。

e0275785_523034.jpg夕食  またしても ブロード+パスティーナ  じゃがいものピュレ
パン2切れ、リコッタ 煮りんご

食べてる途中でお腹が痛くなってきた。これは胃腸の方かなー

夜中3時ごろトイレに行く。そのあと夢をみたので少しは寝たらしい。



2010年9月 手術後4日め


7時ごろ 血栓を防ぐ注射 血圧 胃腸の薬をくれた

朝食  いつもの 紅茶と フェッテビスコッターテ
ビスコッティもあったけど、いつもと違うものを食べて気分が悪くなったりするといやなので変えない。
寒いせいか トイレが近い。

リップクリームの頭で背中をマッサージ。首も回さないと。

10:40 
やっと女医さんが来た。「明日の朝退院の手続きをします」とのこと。
お腹に力を入れられないので、「お通じ」がなかなか難しい、と訴えると、「1日2リットルの水を飲み、熟したキウイを2個食べると良い」とか、「繊維質のものを食べるとか..これも家に帰ると良くなりますよー」などと言われ、便秘の薬みたいなものをもらいたかったのだけど、ダメなようだった。
水をたくさん飲んだので、トイレばっかり行く。

16:45 体温 血圧 指で測っていたのは心拍数か、と気付く

e0275785_523034.jpg昼食 またまた ブロード+パスティーナ チキン じゃがいも パン 煮りんご

パジャマに着替える
。ネグリジェを脱ぎ捨ててせいせいする。ベッドに上がるにも不自由だった。ズボンタイプの方が動きやすい。右袖の針を刺していた所が血のしみにいなっていたので軽く洗う。腕の肩に近い方は青あざになってる。

e0275785_523034.jpg夕食 おなじみ ブロード+パスティーナ じゃがいものピュレ
バナナ
 フルーツが何もなかったので頼むとくれた モッツアレラが付いていたけど食べなかった。

食べるとちょっとお腹いたくなる。立ち上がっていたら夫が来て翌日のことなど話していると、また転んだた人が運ばれて来た。肋骨を折ったらしい。
ナース2人ではベッド移動ができないサイズなので、人を探しにいった。
それにしてもコケる人が多いな。

21:40 血栓を防ぐ注射 

22:00頃から大さわぎ。 ナースがキレてる。患者さんに対して大声で文句を言っていて、
23:00ごろまでワーワーやってた。

夜中2時過ぎに目が覚めたけど、この後もちょっとは寝たかな。


→ 9 土曜日に退院 薬局は閉まってた に続く
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Top▲ | by hpopone | 2012-06-20 05:39 | イタリア子宮全摘手術
7 手術後1~2日
子宮筋腫 手術体験のつづきです。
e0275785_17163195.jpg
2010年8月 病院のテラスにて。パジャマは義母からの借り物。

ネグリジェというのか、こういうの持っていなかったんですよね。診察される時、パッとめくれば良いこのタイプは便利。それでも後で自分のパジャマに着替えた時は、下がズボンなのでベッドの上り降りがしやすくて喜びました。

2010年8月 手術後1日目
明け方、痛みを感じるようになったと伝え、痛み止めの点滴をつけてもらった。

朝の洗顔タイム。私にも顔を洗う洗面器をくれたけど、言わないと看護師さんはタオルも取ってくれないし(でないと届かない)、鼻には酸素吸入のチューブが入ったまま...これでどうやって顔洗うのよ。洗面器にはせっけんをしみこませた紙タオルが沈んでいて、それで顔や首のまわりを拭く。

朝食は砂糖入り紅茶をくれた。あんまり飲みたくもなかったけど全部飲んだ

義母が貸してくれたネグリジェを着る。

採血  熱はまだある 血圧が低くなっている
右腕の上の方(肩の下)に血栓を防ぐための注射
医者が来て内部に入れられていたガーゼを取ってくれた。
シーツを換える前にナースが大事な所を洗ってくれた。

結局どういう手術だったかというと...私のお腹の中では卵巣にできたのう胞が破れて出血していたのでそれを吸いだしてきれいにし、子宮を摘出。卵巣はのう胞部分だけ切除し、本体は健康なので残した。とのことで、この説明を医師から聞いて一部残念に思う。

というのは、うちの上の階に住んでいる奥さんが昔同じような手術をしたけど、卵巣にまたのう胞ができたため、3年後に再び手術した。と聞いていたため。しかし卵巣も摘出するとそれはそれで問題が出てきたりするかもしれない。何しろ無事に終わってよかった。

10時ごろ、シーツを換えるため椅子に座らされる。急に体を移動させると痛い。
しばらくしたら 吐きそうというか 座っていられず、ナースコールして寝かせてもらう。

昼食 なし (/o\)

友達が見舞いにきてくれた。彼女ももうすぐ子宮筋腫の手術をする予定。「大丈夫だから」と励ましたあと、「でも手術前後は絶食だよ」とおどかしたら目をむいていた。

婦人科医が回ってきて「どうですか」と聞くので、「痛みは小さいです」と言ったら
「そんなこと言っちゃだめ、大きい痛みと言わないと!」と言って笑っていた。
「カテーテルは明日取りましょう。」「午後またちょっと座ってみますか」と言われて
「恐い~」という顔をしたら 「これも治療の一環ですからね」とやさしく言わた。

熱 38.3℃ ウエットティッシュで顔を拭く

痛みどめを次々と点滴しても大丈夫なのかなぁ~?と思い始める。まあしばらく様子を見てみよう。

夕食 砂糖入り紅茶 のみ

なんかトイレに行きたい感じ。

夜9時ごろから痛くなってきた。
痛みどめもあまりきかず、ナースに言ったら「もうすこし時間をおかないと薬はあげられません。」と言われて我慢する。

午前1時すぎにまた点滴してもらうが  ウーム

午前4ごろになると トイレに行きたくなり「行ってもいいか」と聞いたけどだめで、痛いお腹をかかえてがまんする。まさに悪夢の一夜。お腹というより背中が痛い気もする。つらいー。

2010年9月 手術後2日目

長い長い夜が明け、またルーティーンが始まった。
洗顔タイム。水が冷たい。

夕べは家族が蚊取マットを持ってきてくれたおかげで、蚊に刺されなかった。
悪夢の中で唯一ポジティブなことだった。

朝食は紅茶のみ 甘過ぎて半分しか飲めない。

10時頃 医者が来て チューブを全部はずした。
ガーゼを取ったり、押さえたりして痛い。こわい!
背中の痛みは右か左かどのへんか聞かれる。「筋肉だったらいいんですがねー。」
「尿の量が少ないので、水を飲むこと。」「立ち上がるように」とのこと。
注射もされたな。「良くなっていきますよ!」とも言われた。

後でビデタイムがあったけど また水が冷たい!

その後、座る練習をした。「上を見て上を見て」と言われる
しばらくベッドの上に座っているけど大丈夫みたい。
ナースが迎えに来てくれて や...っと トイレタイム。

痛いのでいろんなポジションを試しているうちに12時になり、なんといきなり昼食を運んできた。
食欲なく、セモリーノ、りんごペースト、紅茶、フェッテ・ビスコッターテの半分を食べる

夫が来てくれたけど、まだ少し痛いと話す。他の人の見舞いは断ってしまった。
座って立ち上がる練習を手伝ってもらいながらやった。

帰ってからは いよいよ一人で立ち上がり、ゆっくり歩きながらトイレに行った。
何という自由。バンザーイ。いてて。

ちょっと眠れたのか、背中の痛みはちょっとまし?
点滴が終わったので、はずしてもらい またまたトイレタイム。
テラスを日だまりの中までゆっくりゆっくり歩いて行った。

分厚い布を腹巻状にして、看護師が巻いてくれ、「パンチエーラpanciera(医療用腹巻)は用意してるの?」と聞かれてあせっっていると、後で医師に問い合わせてくれたらしく、私の場合、退院後特に必要ないとのことで買わなかった。

夕方また夫が来て義母が洗ってくれた下着を持ってきた。

夜は口に含むタイプの痛みどめをもらって消灯。


8 手術後 3~4日め に続く

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Top▲ | by hpopone | 2012-06-18 17:31 | イタリア子宮全摘手術

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